FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第19話:16ステップのワーク(その2)

ACからの回復に向けて私が行った、
16ステップのワークから得られた気づきを、
書いている。
第18話に引き続き、書いていく。

第6話で、
日曜参観の時に手を挙げず、
「恥ずかしいったらありゃしない」
と母に怒られたことを書いた。
これは小学校1年生のこと。
私の心の傷の最も古いもの。

この時のことは、鮮明に憶えている。
学校からの帰り道、
母と二人で並んで歩いていた。
私は黒っぽい服、母はピンクの服を着ていた。
線路沿いの道を歩きながら、
ずっとヒステリックに怒られ続けた。

不思議なことに、
これ以外の小学校1年生の時の記憶が
ほとんど出てこない。
それなのに、この記憶は画像ではなく、
動画として残っている。

小学校の校舎も入学式も憶えていない。
それ以前の保育園は憶えているのに。

これ以降、私は消極的ということに関して、
母からずっと怒られ続けた。
しかし、私としては、どうにもならない。

各学期が終わる時に、
通知表を母に見せなければならない。
そこには、必ず消極的と指摘されていた。
私は、それを母に見せることが苦痛だった。

母は言った。
「おとなしいというのは、ほめ言葉じゃない。
バカにされてるのと同じ」と。
私の中で、消極的ということは悪いこと、
という価値観が、しみついていったと思う。

当時、私は、母が言っていることは絶対だと思い、
うつむいて、怒られるだけだった。
しかし、今になって、なぜ、母はあそこまでしつこく
怒り続けたのだろうと思う。
確かに、世間一般の常識として、
消極的なことは良いイメージではとらえられない。
しかも、母は、世間というものを強く意識する。
しかし、積極的な人もいれば、消極的な人もいる。
このような性格的なことを
叱ることで何とかできると考えていたのだろうか?。

私は、このワークを行いながら、
ある可能性を考えた。
母は、父を私に投影していたのではないか?。

突然、そう考えた訳ではない。
私が、この後、母に勉強を強いられるようになって、
母が口にする目標校は、
父がかつて目標にしていた学校であり、
父はその学校には受からなかった。

第18話でも書いたが、
いつの頃からか、両親は、
夫婦喧嘩を頻繁にするようになる。
その時、父もそうだが、母もヒステリックになる。
どちらも引かず、話は平行線。

普段、父は、家族に心を開かなかった。
母は、それが不満だったのではないかと推測する。
しかし、両親の力関係は同等で、
父は、母の言うことをすんなり聞かない。
そこに父と性格の似た私がいる。
私は、母にたてつくことなどできない。
力が弱い方へ向っても不思議はないと思う。

私は、消極的な自分をずっと非難し続けてきた。
そのルーツが、ここに書いた記憶だと思う。
自尊心を大切にできない私のルーツだと思う。
ワークでは、この状況を嘆き、洗い流した後、
新しい記憶を上書きをしていくという流れがある。
今のところ、この状況を繰り返し思い返しても、
感情がわき出てこないため、嘆くことができない。
そのためにワークは停滞中。

つづく
スポンサーサイト

テーマ : AC(アダルトチルドレン) - ジャンル : 心と身体

プロフィール

とれっく

Author:とれっく
40代の男性会社員です。幼い頃から説明できない不安といらだちを抱えてきました。最近、その根っこにACがあることを知り、ACからの回復を目指しています。広島県に住んで20年近いエセ広島人。

☆.:*【参加コミュニティ】.:*☆
「あなたの心をまもりたい」
↑↑閲覧専用↑↑

カレンダー
11 | 2009/12 | 01
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ

FC2Blog Ranking

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。