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寂しさという視点の大きさ

ブログの更新、何だか、
すごく久しぶりのような気がする^^;。

以前の記事で書いたけれど、
今、自分の中で「寂しさ」が
キーワードになっている。
この視点を入れて、再度、西尾和美さんの
AC癒しの16ステップをやってみた。

前回やったのは、昨年の9月。
8ステップ目で感情を表現できず、
とん挫していた。
今回もそこまでやってみた。

この9ヶ月ほどで、ずいぶん違う見方が
できるようになっている事を実感した。
前回やったのは、ACの知識を知りたての頃。
その後で、知識と気づきを
かなり得たことを実感した。
視野も広がっていると思う。

その中でも、「寂しさ」という視点が
加わったことはとても大きい。
まるで見方が変わってしまう。

私の心の傷は、怒られたり、
ひどいことを言われたりしたことだという
先入観があったのだけれど、
そこに勘違いがあることがわかった。

確かに、それも辛い出来事だけれど、
象徴的に自分の記憶に残っているだけのこと。
原因はもっと違うところにあって、
そこを思い起こさなければ
いけないことに気づいた。

私は寂しかったのだ。
そして、甘えたかったのだ。
でも、それができない環境にいた。
そして、甘え方もよく知らない。
これが本当の辛い体験なのだ。
これを何回か繰り返し、
感情と自己主張を抑えつけるように
なったのだと思う。
いずれ、この体験を思い起こし、
嘆き、あらい流したい。

でも、その前に感情を表現できるように
ならないといけない。
そのためには、どうしても温かい記憶を
呼び起こさないといけない。

私が寂しかったのに、
甘えることができなかった原因は、
まず間違いなく母にある。
これは、悪意があるとかないとかではなく、
結果として。

悪意がないことは頭で理解している。
でも、結果的に起きた事実がある。
これがあるため、恨みつらみが、
わき起こってくる。
私が今まで辛い体験だと思ってきた事柄は、
このことにさらに拍車をかける。

両親,取り分け母との温かい記憶を
取り戻そうとしているのに、
私の心には母への恨みつらみがたっぷりある。
母に悪気がなかったのだといくら言い聞かせても
消えないものは消えない。
この状況で温かい記憶が出てくるだろうか?。

温かい記憶を思い出すための入り口は
一つじゃない。
食卓の風景、捨てられなかった物。
他にもあるだろう。

私にとっては、両親,取り分け母の
温かい部分を思い返すことが、
効果があるのではないかと思う。
恨みつらみのフィルターを意識的に
外してやれば、
記憶が出やすいのではないかと思う。

以前、トピ「執着を手放そう」で、
私は、さんざん悩んだ。
その結果、執着は沢山あるだろうという
私なりの結論に達した。
その中のかなり大きなものに、
「母への恨みつらみ」があるのではないかと思う。
これを手放さないと温かい記憶が
出てこないような気がする。

母は、悪の権化ではない。
悪意があって私を苦しめている訳ではない。
温かい部分を持っている筈。
すぐに思いつくのは、動植物が好きということ。
昔からペットを飼い続けてきた。
犬、猫、文鳥、インコのどれかが常にいた。
最近は、花に凝っている。
母の日のプレゼントとして何回か花を贈った。
妻が^^;。

それらと触れ合う時、
母は温かい気持ちを持っていると思う。

他にも温かい部分があるかも知れない。
その辺りを思い浮かべることで、
温かい記憶につながらないだろうかと思う。

AC癒しの16ステップを再度やってみた
成果は大きい。
やはり、寂しさが大きなキーワードだと思う。
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テーマ : AC(アダルトチルドレン) - ジャンル : 心と身体

コメント

とれっくさんへ

殿…いや、王子かな…こんにちは^^
母への思いは、私も複雑で、母とのあたたかな記憶もまだ出てきません。
記憶がつながらないことに、ちょっと焦る気持ちもあります。

ここのところ、無性にさびしいと思うときがあるのですが、これは、子供の頃からずっと抱えてきた思いなのかなぁと思ったりします。
そして、私も甘えられない子供だったように思います。
私も、家の中が甘えられない状況だったのだろうと思います。
今も、甘えたいと思うけれど、どういうのが「甘える」なのかわからなくて、わからないくせに、甘えることはいけないことだという思いもあります。
甘えられるということは、心を開けるということにもつながっているのかもしれない…書きながら、ふと、そんなことを思ったりします。
書いてくださって、ありがとうです^^

まるこ姫へ

コメントありがとうございます。
まるこ姫^^。

「寂しさ」という視点を重視した私の過去は、
今まで持っていた印象とは別のものでした。

最も幼い頃の記憶が、
テレビと飼っていた犬だけで、
両親が出てきません。
コミュニケーションの相手がいない寂しさを
ぶつける相手の記憶しかないのではないかと
思います。

私が以前の記事で、幼い頃の写真を見て
可愛くてしょうがないと思ったのは、
初めてできた友達と一緒にいる写真でした。
その子の手を取って、
スキップしてるんです(*^_^*)。
その表情に演技は感じられません。

その子とは、母に引き離されました。
その後の1年位の記憶がないんです。
ショックがあったのかも知れません。

心を通わせられる友達ができると、
引き離されるということの連続でした。
その度に、人に対して臆病に
なっていったと思います。

それでも私は、母の意に沿って
生きるしかなかったんだと思います。
母の言うことが理不尽になるほど、
私は、どういう行動を取ればいいのか
わからなくなっていったと思います。
どんどん、自分というものを
出せなくなっていったと思います。

私が母に対して、ぶち切れたのは、
中学生になってからです。
その時が、耐えられる限界だったと
思います。
そして、AC性が身についててしまった
時でもあると思います。

私は寂しいという気持ちを持ちながら、
それを出せる相手に出会うと、
引き離され、
母に甘えようにも、
消極的だと怒られ続けました。
父は、ほとんど家にいませんし、

父も被害者だと思います。
母は、私同様、敏感に相手の
最も痛いところがわかるのだと思います。
ACを自覚していない分だけ、
痛みがわからず、手加減なしに
急所を突きます。
父は、私のことどころではなかったのだと
思います。
両親の口論は凄まじかったですからね。

甘えることもできず、
甘え方も知らず、
ただただ、自分を抑えるしかなかった。
この過去が、今の私を苦しめている
大元だと思います。

ただ、そのことがわかっただけでも、
今回の成果は大きいと思っています^^。

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プロフィール

とれっく

Author:とれっく
40代の男性会社員です。幼い頃から説明できない不安といらだちを抱えてきました。最近、その根っこにACがあることを知り、ACからの回復を目指しています。広島県に住んで20年近いエセ広島人。

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